さくら
さくら



  (一人の男が喫茶店に入って来る。)

さくら。

そんなに驚くことないだろう。
父さんだって喫茶店くらい来るよ。ここだって、家から30分も離れてるわけじゃないんだし。
何やってんだ?

中学生って、自分の娘の歳くらいわかるよ。そうじゃなくて、今、何やってんだ?

待ち合わせ? 何の待ち合わせだ?

勉強? 誰と?

よっちゃん? 望月さん家のよっちゃんか?
嘘つくんじゃない。よっちゃん、お父さんの仕事の関係で、2か月前に北海道に引っ越してったじゃないか。
誰だ?

まさかK君じゃないだろうな?
何それって、そら、K・Y。
古いとかって言うんじゃない、そのKYじゃないよ。イニシャルだ。イニシャル。
八神京一郎君。違うのか?

そうか。
いや、彼が嫌いってわけじゃないんだよ。何か名前が芸能人みたいだし、ほら、芸能人っていろいろありそうでな…

岡本君? そっか、あの、メガネの… なら、安心だ…
いや待てよ、ああいうのがかえって危ないかもしれないじゃないか。
昔っから歌にあるようにだな、男は危険なんだよ。危ないんだよ。
男は狼なのよ、気をつけなさい。年頃になったなら、つつしみなさい。なんだよ。

なにそれって…。まあいい。
じゃ、その彼が来るまでは、時間があるんだな。

そっか…。実はな、父さんな、やることなくって、時間がたっぷりあるもんだから、詩を作って来たんだ。
なあ、聞いてくれないか。

嫌だって言うなよ。良いじゃないか。な?
そうか…。


それ、からっぽじゃないか。何、飲んでるんだ? 紅茶か?

うん。確かに紅茶も良い。けれども、珈琲も美味しいんだぞ。
まあ、そうだ、ちょっと苦い。そのちょっと苦いところが、大人の味っていうのかな…
まあな。父さんコーヒー党だからな…。

なあ。もう一杯飲まないか?
じゃ、父さんと一緒に注文しよう。な。
いいか、いくぞ、せ〜の。「すいませ〜ん」へへへ、せ〜の「紅茶を一つ…」

おい。さくら、なんで珈琲って言うんだよ。
父さんの為って… そりゃ、父さん、珈琲が好きだよ。でも、父さん飲めないんだから。
さくら、お前が飲むんだから…
いや、泣くことはないじゃないか…

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