夜飛ぶ鶴たちよ

           『夜飛ぶ鶴たちよ』
☆登場人物
カヲル       繊細で傷つきやすい少女。折り鶴を折り続け、そこに家族の名を書き込む。家庭にも学校にも居場所を感じられず、孤立の中で出口を探している。
シンスケ  正義感を持ちながらも屈折を抱えた少年。家庭は一見安定しているが、実際は互いに孤立した疑似家族にすぎず、温かさを得られずにいる。カヲルと同じく、行き場のない思いを抱える。
通行人の声(男・女) 舞台には姿を見せない。ラストで通り過ぎるだけの存在だが、二人にとって「外の世界」の象徴であり、思いがけない一言が彼らの手を止める。

☆Ⅰプロローグ:通りゃんせ

        ぼんやりとした空間。青白い光。舞台奥に小机。折り紙と数羽の折り鶴が散らばる。
        カヲル、机に向かい折り鶴を折っている。小さく「通りゃんせ」を口ずさむ。
        シンスケ、少し離れて立ち、様子を見ている。)

カヲル   (折り鶴を仕上げ、指先で羽をひろげながら)……これが、お父さん。

        羽に「父」と書き込み、机の端に置く。息を整え、折り紙を取り、新し        い鶴を折り始める。

カヲル   (つぶやくように)次は……お母さん。

        手が止まる。しばし折り紙を握ったまま沈黙。

シンスケ (遠慮がちに)……なんで、名前を書くんだ?
カヲル   (手を動かしながら)飛べるように。ちゃんと、届くように。鶴なら……きっと見つけてくれる。

        折り鶴を仕上げ、「母」と書く。机に並べる。2羽が寄り添う形。

シンスケ (机をのぞき込んで)へえ……。でもさ……ほんとに届くのかな。俺んち、名前なんか書いたって、笑われそうだ。
カヲル   (小さく笑って)いいじゃん。笑われても。……折るときだけは、本気で信じてるんだから。
シンスケ ……なるほど。(間をおいて)じゃ、俺んちも折ってみようかな。父、母、姉        ……で、犬。

カヲル   (くすっと笑う)やっぱり犬入れるんだ。
シンスケ だって、うちじゃ一番まともに会話できるの、犬だし。(少し笑うが、すぐ真顔に)……でも、折ってもぐしゃぐしゃになったらどうする?
カヲル   (ふっと声を低くして)……怖いよ。でも、折らなきゃ何も残らない。ぐしゃぐしゃになっても……形を変えて、また折れるかもしれない。

        折り鶴を胸に抱く。沈黙。歌声が遠くに響く。
        二人の間にしばし「通りゃんせ」の旋律が漂う。

シンスケ (ぽつりと)……なあ、鶴って、ほんとに飛べるのかな。
カヲル   (遠くを見つめながら)紙の鶴は飛べない。でも……夢の中なら飛べる。夜にだって、飛べる。

        カヲルの視線を追うようにシンスケも空を見上げる。
        二人の顔に光が当たり、やがてゆっくり溶暗。

☆Ⅱ 「空騒ぎ ― シャボン玉飛んだ」

        舞台中央に椅子が二つ並ぶ。机はそのまま。この場の暗転時に撤収。
        カヲルとシンスケが腰かけている。
        空気は軽やかに見えるが、どこかぎこちない。
        照明は昼の色。童謡「シャボン玉」がオルゴール調で小さく流れる。

シンスケ (息をつくように)……退屈だな。
カヲル   (指を動かして空を描くように)退屈って、空気に色がついてる。白くて、丸くて……ほら、シャボン玉みたい。
シンスケ (笑う)見えないよ。どこに?
カヲル   ちゃんと見える。……ほら、あそこ。

        舞台の上手を指差す。シンスケも同じ方向を見て、しばし沈黙。

シンスケ:(小さく首を振って)俺には見えないな。……でも、たしかに何かが漂ってる感じはする。
カヲル   (嬉しそうに)でしょ? だから退屈って、空に浮かぶんだよ。
シンスケ (ふっと笑う)……ああ、なるほどな。
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