落とし物
「落とし物」 作・東 詩依




【登場人物】

 大人1
 大人2




○街の歩道(昼)


   人々が行き交う街の歩道。
   スーツ姿の大人1が下手から上手に歩いて行く。
   大人2も少し後ろを歩いている。
   1が中央を通り過ぎるあたりで、丸いボールのようなものを落とす。
   2、それを拾い、1を追いかけて。


2 あの、落としましたよ。
1 (振り返り)え?
2 (ボールを見せ)これ。
1 (見て)いえ……これは私のじゃないですね。
2 そうなんですか? でもたしかにあなたから落ちたように見えましたけど……。
1 そう言われても……そもそも何ですかこれ?
2 ……ボール、ですかね?
1 丸いですからね。
2 えぇ……。


   短い間。


1 じゃあ私はこれで……。(立ち去ろうとする)
2 (止めて)え、待ってください。これどうしたらいいんです?
1 どうしたらって……警察にでも届けたらどうです?
2 届けて……どうするんです?
1 いやだから……これ落ちてましたって。
2 でもそしたら私、あなたが落としたみたいですって言いますよ。
1 まぁ、そう見えたわけですからね。
2 えぇ。だから警察に持っていったところで、あなたに渡してくださいって言われて終わると思うんです。
1 でも私は落としてないって言ってるんですよ?
2 「無いこと」の証明って難しいんですよ。私は「そうなんですね」で終わりましたけど、警察はほら、そういうの厳しいですから。
1 証明、難しいんですか?
2 それはもう。例えば私が「悪魔は存在する」と主張したとします。
1 急にファンタジーですね。
2 そこはいったん置いといて。この場合私は、悪魔がいる証拠をひとつでも提出できたら主張を裏付けることができます。たとえば直接悪魔を連れてくるとか。
1 ほうほう。
2 では逆に「悪魔は存在しない」という主張をしたらどうでしょう? この場合、悪魔がいるという証拠をひとつひとつ潰していって、すべて否定するという手順を踏まなければなりません。
1 大変ですね。
2 えぇとても。すべて否定できたところで、また後から悪魔がいる証拠が増えたならそれもすべて否定しなければいけません。これが「無いこと」を証明するということなのです。
1 なるほど……難しいということがよくわかりました。
2 ご理解いただけて何よりです。では、これを……。


   2が1にボールを差し出すものの、1は受け取ろうとしない。
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