坂上家の告白
坂上凛子(さかがみりんこ)30歳 妻
坂上裕介(さかがみゆうすけ)30歳 夫
坂上正美(さかがみまさみ)54歳 裕介の母。凛子にとっては姑。
慶次尚人(けいじなおと)29歳
坂上家の三人が交代交代に独白をしていきます
真ん中にテーブルと椅子
凛子が座っている
スポットライト
妻 凛子の告白
「坂上凛子、30歳。大手出版社で編集者として働いています」
「ケイジさん。わたしね、坂の上に家を建てるのがずっと夢だったんです」
「どうしてか?あそこは遮るものがないから、風が通って気持ちがいいんですよ。下に行けば行くほど、空気は重く澱んで息苦しくなるでしょう」
「まさに実家がそうでした。わたしが生まれる前に起きた大地震で地盤沈下が進んで、それはひどい有様で。でも、うちは貧乏でしたから…引っ越すことも出来ず、そこに住み続けるしかなかったんです」
「小学生の時、家から少し離れた高台から人を観察するのが日課でした。見晴らしが最高に良くて、歩いている人はみーんな蟻のように小さくて。こうやって人を指で潰すのが好きだったな…ふふふ」
指で潰す仕草
「あるとき、桃子ちゃんっていうお友達が出来たんです。その子の家は裕福でね、こーんなでっかいリボンを頭につけて…フリルがふんだんにあしらわれたスカートを履いて。みんなからは「ぶりっこ」って陰口を叩かれていたけれど、わたしは可愛いものが似合う彼女が大好きだったんです」
「彼女の家、丘の上にありましてね。わたしがまさに理想とする家でしたから、よく遊びに行ったものです。考えてみると、桃子ちゃんが好きだったと言うより、あの高い場所から見える景色が好きだったのかしら。わたしね、一度気に入ったらとんでもなく執着するんです。その反対も、またしかりで」
「でも、桃子ちゃんーー、死んじゃったんですよ。家に続く長い階段を踏み外して、転げ落ちて……頭を強く打ったんです。そう、わたしの目の前で」
「今でもあの日のことを思い出しますよ。え?トラウマにならなかったのかって?……ああ、別になりませんでしたね。やっぱり、わたし、ちょっとおかしいのかしら」
気味の悪い笑顔を浮かべる
「25歳で裕介さんと結婚したとき、いつか坂の上に家を建てたいという夢を彼は「素敵だね」と言ってくれたんです。すごく嬉しかった。坂上という苗字も運命的なものを感じましたし、この人となら幸せな家庭を築けると予感しました」
「ーーだけど、マイホームの購入が現実味を帯びてきた時……あの人、手のひらを翻したんですよ。なんて言ったと思います?『そんな場所に家を建てたら、足腰の弱い母が気軽にやってこれないだろう』って」
イライラしたように爪でテーブルをトントンと叩く
「はあ?って感じでしょう?たしかに姑は免許を持っていませんから、坂を登るのは大変だと思いますよ。だけど、頭金は全額わたしが支払いますし、ローンを組めるのだってわたしの収入が高いからなんです。そんな妻のたったひとつの願いを、彼は「母親」のために白紙に戻そうとしたんです」
「結婚してから分かったことですが、彼は何かと「お母さんが、お母さんが」と口うるさくて。わたしは早くに両親を亡くしましたから、自立するのが早かった。だから、あの典型的なマザコン夫と昭和の価値観からアップデートできていない彼女を見ていると吐き気がするんですよ」
「一ヶ月前、夫にもう一度尋ねたんです。坂の上に家を建てることに、本当に反対なのか、と。最後の審判のつもりでした。これであの人の答えが変わらないのなら、わたしにも考えがありましたから」
「結果は……ケイジさんも予想した通りです。そのとき、今回の計画を決行する決意が固まりました。だって、言葉でわからないのなら、行動で分からすしかないじゃないですか?」
すがるような目で訴えかける
「ねえ、ケイジさん。わたし、何かおかしなことを言っていますか」
「だから、こうするしかなかったんです。あの人を、姑をーー……」
凛子 はける
正美 登場
手首を包帯で巻いている。話している最中、何度もその部分をさする
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