うたうたい
「うたうたい」

Yuki Shohei  

――言葉を交わせども私たちはつながっている。

「あの。あ。ごめんなさい。私です。演奏します。誰も聞いていないのかもしれないけれど。もし良かったら聞いていってください。」

「静かな夜に響くメロディ。ピアノの旋律。眠れない夜に。独りで自分と向き合わなくちゃいけない時間に。絶対に逃げる事ができない深夜に。スピーカーから歌が聞こえた。」

「あ。この曲はこれでおしまいです。次の曲は…。」

「私は現代というものに疎い。というか。社会とのズレというものに疎い。だからどのようになにがズレているのかがわからない。けれど。決定的に何かが他の誰かと、すっごくたくさん違う。そんな違和感だけを感じている。そんな違和感だけを知っている。」

「私。配信とか。放送とか。よくわからないから。だからオトが悪いかもしれないけれど。聞きにくいようでしたらごめんなさい。でも。演奏させてください。歌わせてください。…歌います。」

「この人はきっと私と似ているのだろうな。嫌な事がたくさんあったのだろうな。だからこんな深夜に。みんな。…みんなが寝静まった頃に。きっと歌うのだろう。なんて。…なんて嫌な妄想…。なんて嫌な…私。私はこの人の事を何も知らないというのに。」

「次は…。次の曲は…。誰に言っているのかな私…。…それでも。歌いたいから歌います。私がそう望ん…これも…まぁ…いいか…。次。歌います。」

「流れる音楽。人のいる心地。近くにいる空気。私はこの人の配信を聞くようになって。生まれてはじめて"寝落ち"というものを体験した。」

「あの。…歌います。誰かが聞いてくれますように…。」

「この人が歌を続けてくれますように…。歌ってくれますように…。私は心底願った。願いは届かないのだと思う。だって。私とこの人の人生は永遠に交差しないのだろうから。」

「今日も"やっぱり"なにも変わらなかったけれど。歌を歌います。聞いてください。演奏します……。」

「静かに静かに。ピアノの鍵盤がコトンと落ちる音から始まる音楽。音が連なって人の声がかぶさって。それが音楽なんだなと私は理解した。そうして伸び切った声がゆっくりおさまって。最後にピアノの鍵盤がコトンと落ちて終わるんだ。それをようやく理解した。」

「あの……。人がなんとなくいるっていう感じ…。安心しますよね…。……。……。あの。私だけかもしれないんですけれど…。なんとなく。そう思います……。……。誰もいないのかもしれないけれど…聞いてください。」

「私もそう思う。けれどこの人に思いを伝える方法はない。だからこの思いは決して通じ合わない。けれど。けれど。この人になにか良いことが起こりますように。この人の世界が良い人達に恵まれますように。届かなくても。私は願う。」

「今日はたくさんいろんな事がありました。いろんな事が起こりました。いろいろあったけど。…わたし。歌が好きだから。歌います。」

「言葉は震えていた。なにかあったのだろう。なにかがあったのだろうな。私はこの人の歌に救われている。いいや。この人に。救われているのだと思う。」

「…次の曲…。次の曲は…。その前に…。少しだけ。本当に。少しだけ…。わたし。いつも思うんです。なにをしているんだろうって。皆が寝静まった頃に。ピアノを弾いて。歌って。おかしいなって。」

「ああ…。もう続けなくていいよ。歌わなくていいよ。あなたになにかがあったのなら…。休めばいいよ。私は…声のする方向に独り言になろう言葉を放つ。」

「それでも私は…。私は音楽が好きだから。それでもやっぱり歌が好きだから。…たくさんいろんな事があっても。だれかに届いているのなら。…いや。もういいんです。届かなくて。届かなくていいです。もう私には歌が好き。この事実だけで十分なんです。はっきりしました。これは…。これはきっと。この歌はきっと。私のために歌っているんだ。」

「あなたが幸せでありますように。あなたがなにかを見つけたのなら。私はそれで十分なのです。だって私はこんなにも救われたから。あなたがいなかったら。あなたの歌がなかったら。きっとこの夜も。あの夜も。超える事はできなかった。だから届いています。私に。あなたの歌は届いている。ありがとう。本当にありがとう…。あなたのおかげで私は救われました…。」

「…今日の放送…。配信かな…はこれで…。あの…私…今日少しおかしな事を言ったけれど。気にしないでください。できれば…。誰も聞いていないかもだけど…。それじゃあ…今日も…。あの。…いつも。多分…もしかしたら。きっと聞いてくれている人がいると信じて…。今日は私の歌を聞いてくれてありがとうございました。また明日も。私歌います。あなたにここで会えます。だから。あなたも…。いや…そんなこと…。けど。本当に今日はありがとうございました。それじゃあ。また…。」

「ありがとう。どこかで歌をうたう人。知らず人を救う人。きっと私のように救われている人はたくさんいるのだろう。あなたはどうしても知ることができないけれど。私は…。私はあなたに…。ありがとう…。うたうたいさん。」
1/1

面白いと思ったら、続きは全文ダウンロードで!
御利用機種 Windows Macintosh E-mail
E-mail送付希望の方は、アドレス御記入ください。

ホーム